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コピペ・スレのまとめ(2ch)
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2chのコピペを適当にをまとめたブログです。
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クリスマス近いから恋愛の名言貼ってく

2013/02/14 13:38
1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:31:15.44 ID:BG2GWbmlO
誠の恋が平穏無事に進んだためしはない。
ウィリアム・シェイクスピア


5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:33:22.18 ID:BG2GWbmlO
恋は火と同じように、絶えず揺れ動いてこそ保たれる。
期待したり、恐れたりしなくなったら、もうおしまいだ。
ラ・ロシュフコー


7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:35:59.14 ID:BG2GWbmlO
恋とは甘い花のようなものである。
それを摘むには恐ろしい断崖の端まで行く勇気がなければならない。
スンダール


8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:37:15.44 ID:BG2GWbmlO
恋人の欠点を美徳と思えないような者は、恋しているとは言えない。
ヨハン・ゲーテ


9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:38:25.32 ID:BG2GWbmlO
真実の愛は無限。与えれば与えるほど大きくなる。
サン=テグジュペリ



11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:39:07.41 ID:BG2GWbmlO
恋とは尊くあさましく無惨なもの也。
樋口一葉




13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:40:36.74 ID:BG2GWbmlO
男女の仲というのは、夕食を二人っきりで三度して、それでどうにかならなかったときはあきらめろ。
小津安二郎




15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:41:30.82 ID:BG2GWbmlO
惚れるのは状態であり、愛するのは行為である。
ルージュモン


16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:43:11.11 ID:BG2GWbmlO
思慮ある見識ある人でも、ひとたび恋に陥れば、痴態はまぬがれ得ない。
伊藤左千夫


18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:44:28.08 ID:BG2GWbmlO
真実の愛は幽霊のようなものだ。誰もがそれについて話をするが、それを見た人はほとんどいない。
ラ・ロシュフコー


20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:46:39.58 ID:BG2GWbmlO
恋愛の誕生は、あらゆる誕生と同じく「自然」の作品である。
愛の技術が介入するのはその後のことである。
アンドレ・モーロワ



23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:48:16.08 ID:BG2GWbmlO
ときどき孤独になりたい思いが、男にも女にもわく。
二人が相愛の仲であれば、相手のそのような思いを互いに嫉妬するものである。
アーネスト・ヘミングウェイ


24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:49:42.43 ID:BG2GWbmlO
恋に狂うとは、ことばの重複である。恋とはすでに狂気なのだ。
ハインリヒ・ハイネ


25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:51:22.57 ID:BG2GWbmlO
あなたの人生がかけがえのないように、あなたの知らない人生もまたかけがえがない。
人を愛するということは、知らない人生を知るということだ。
灰谷健次郎


27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:52:28.93 ID:BG2GWbmlO
私は祖国を愛しています。でも、祖国に愛せと言われたら、私は遠慮なく、祖国から出ていきます。
チャールズ・チャップリン



28:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:53:37.22 ID:BG2GWbmlO
最初のひと目で恋を感じないなら、恋というものはないだろう。
クリストファー・マーロウ


29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:55:17.07 ID:BG2GWbmlO
人の情の深くかかること恋に勝るはなし。
国学者・本居



31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:56:05.56 ID:BG2GWbmlO
分別を忘れないような恋人は、恋人ではない。
トーマス・ハーディ


32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:56:51.08 ID:BG2GWbmlO
恋愛とは二人で愚かになることだ。
ポール・ヴァレリー


34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:58:24.69 ID:BG2GWbmlO
完全そして永久に、どこまでも行かうとする。この変態を恋愛といふ。
宮沢賢治


35:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 18:59:27.58 ID:BG2GWbmlO
恋は決闘です。もし右を見たり左を見たりしていたら敗北です。
ロマン・ロラン



37:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 19:00:27.71 ID:BG2GWbmlO
恋には四つの種類がある。情熱の恋、趣味の恋、肉体の恋、虚栄の恋。
スタンダール


38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 19:01:12.91 ID:BG2GWbmlO
愛は幸運の財布である。与えれば与えるほど、中身が増す。
ミュラー


40:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 19:02:46.43 ID:BG2GWbmlO
美しい唇である為には、美しい言葉を使いなさい。
美しい瞳である為には、他人の美点を探しなさい。
オードリー・ヘップバーン


41:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 19:04:37.21 ID:BG2GWbmlO
ありのままの自分を愛すれば愛するほど、それを反映した、愛にあふれる出来事を創造する。
アーノルド・パテント


42:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 19:05:31.52 ID:BG2GWbmlO
あの女が落とした扇子を拾え。どうしたらよいかわからなくても構わないから。
ポール・エリュアール



45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 19:07:58.20 ID:BG2GWbmlO
愛情をケチってはいけない。元手は使うことによって取り戻せるものだ。
ジークムント・フロイト


46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 19:09:27.60 ID:BG2GWbmlO
耳に聞こえるメロディは美しい。しかし聞こえないメロディはもっと美しい。
ジョン・キーツ


47:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 19:11:09.23 ID:BG2GWbmlO
芸術でも技術でも、いい仕事をするには、女のことが分かってないとダメなんじゃないかな。
本田宗一郎


48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 19:11:55.66 ID:BG2GWbmlO
男に惚れられるような男でなければ、女には惚れられない。
作者不詳


49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 19:13:05.77 ID:BG2GWbmlO
醜い女は我慢できるが、高慢な女は辛抱できない。
ナポレオン・ボナパルト


50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 19:15:00.15 ID:BG2GWbmlO
美しい姿は美しい顔に勝り、美しい行いは美しい姿に勝る。
ラルフ・W・エマーソン


51:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/10/25(木) 19:15:57.92 ID:BG2GWbmlO
愛されることは幸福ではなく、愛することこそ幸福だ。
ヘルマン・ヘッセ
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泣ける母の2ch

2013/01/30 15:27
1 :癒されたい名無しさん:2008/04/07(月) 12:27:24 ID:ulMXzlSe
昨年暮れに母を亡くしました
当時は辛い日々をおくっていましたが
今では普通の生活に戻れました

母親の泣ける話をください、時には泣いてすっきりしたいです
コピペでも創作でも実話でもかまいません
よろしくお願いします。

2 :癒されたい名無しさん:2008/04/07(月) 13:36:51 ID:6ibtWwQP
2

3 :癒されたい名無しさん:2008/04/07(月) 15:40:50 ID:zPttUDzo
手が震えて玉子焼きが上手く作れないコピペあったな
あのお母さんも亡くなってたような、、、

4 :癒されたい名無しさん:2008/04/07(月) 16:02:10 ID:zPttUDzo
探したらあった


私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、
母の作る弁当はお世辞にも華やかとは言えないほど質素で見映えの悪い物ばかりだった。
友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。
ある朝母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」と私に言ってきた。
私は生返事でそのまま学校へ行き、こっそり中身を確認した。
すると確かに海老が入っていたが殻剥きもめちゃくちゃだし、彩りも悪いし、
とても食べられなかった。
家に帰ると母は私に「今日の弁当美味しかった?」としつこく尋ねてきた。
私はその時イライラしていたし、いつもの母の弁当に対する鬱憤も溜っていたので
「うるさいな!あんな汚い弁当捨てたよ!もう作らなくていいから」とついきつく言ってしまった。
母は悲しそうに「気付かなくてごめんね…」と言いそれから弁当を作らなくなった。

それから半年後、母は死んだ。私の知らない病気だった。
母の遺品を整理していたら、日記が出てきた。
中を見ると弁当のことばかり書いていた。
「手の震えが止まらず上手く卵が焼けない」 日記はあの日で終わっていた。
後悔で涙がこぼれた



7 :アキ:2008/04/07(月) 22:09:06 ID:9I4vUdnc
母のことを文にするのは人生で2回目だ。
一回目は・・小学校6年生の時の参観日の『家族について』で母のことについて書いた。
今日で2回目だ。私が小さい頃から母は精神的な病気で入退院を繰り返している。
『育児ノイローゼ』だとか『精神分裂症』だとか聞かされていた。
自分のことを『私はマリーアントワネット』だ。とも言っていた。
小学生の頃、『今日からこの家に帰ってこなくていい。』と捨てられた。
でも帰る所のない私は家へ帰った。
ドアを叩いても出てくれない。小さなボロいアパートだ。中に居るのはわかる。
夜遅くになり、電気が点いた時にドアを叩くと何もなかったように中に入れてくれた。
その月に入院が決まった。
入院する直前には、家族のこともわからなくなり、敵視されていた。
『どこか知らない場所に連れて行かれてたまるもんか!!』と・・。
収拾がつかないので、救急車で母を病院に連れて行った。
暴れていた。『殺されるっっ!!』とも叫んでいた。
小さいながらにも痛々しくて、涙が出た。
もう母に会えないんではないかと・・。
救急車に運ばれて行ってからの部屋はガランとしていた。
家はとても貧乏で父が家に帰って来なかったら食費すらなかった。
週に1,2度しか帰って来ない父。食事も貧相なものだった。
でも、病気の症状が出るまでの母はとても明るく振る舞い、『今日はお母さんお腹空いてないから、あんたらいっぱい食べ!!』と笑っていた。
家にお金がある時に見よう見まねで作らせてくれた、私の料理を残さず食べてくれた。
母がいなくては生きていけないとさえ思った。
なのに・・今、あなたのことを恥じている自分がいる。
なぜ、あなたの子に生まれたのだろう?
なぜ、自慢できる母じゃないのだろう?
なぜ、あなたは病気なの?
なぜ、自分は捨てられたのだろう・・と。
もう何年、喋ってないだろう。
今は社会復帰もできない母。
私の名前を覚えているだろうか?
顔を見て『あき』と呼んでくれるだろうか?
あの一番最初にあなたのことを書いた時には、あなたが居たかどうかは覚えてません。
でも、あなたへの手紙を書いていたのに泣いて読めなくて先生に読んでもらったことは覚えている。
本当に大好きだった母。私はまだ、あなたにかける言葉が見つかりません・・。
なんて呼べばいいのかもわかりません。
あなたは私のこと、覚えてますか?



8 :癒されたい名無しさん:2008/04/09(水) 05:00:36 ID:EgiCzkky
私の父は私が5歳のときに白血病で亡くなりました。
それからは母が働き、祖母が私と弟の面倒をみるようになりました。
母は、仕事を始めてからは料理はしないし、
洗濯もしないので、家事は全て祖母がやっていました。
だから私は母親の手料理の味を覚えていません。
母はそういう面では母親らしい人ではありませんでした。
でも私はそんな母が大好きでした。
身だしなみにすごく気を使っていたので友達のお母さんよりも綺麗でした。
音楽やファッションもわりと若々しく、友達のような感じでした。

そんな母が、乳癌だとわかったのは私が小学校6年生の時でした。
そのときは本当に驚いたのですが、手術をすれば大丈夫だと思っていたので
お母さんはすぐに元気になるんだ、と思っていました。
そのとおり、摘出手術をしてからは仕事にも無事復帰。
通院は続いていましたが、私は根拠のない大丈夫を信じていました。
私が中学1年生の夏ごろ、癌細胞が肝臓に転移しているのがわかりました。
私は癌に全然詳しくなかったので、また手術すればすぐに治る、と思っていました。
しかし、容態は良くなる気配を見せず、母は見る見るうちに衰えていきました。
仕事も辞め、家と病院を行き来する毎日が続きます。
抗がん剤の作用で髪が抜け落ちたり、吐き気がひどかったりすることもありました。
そして私が中学二年生の夏ごろから入院生活になりました。
それでも心のどこかでわたしのお母さんが死ぬわけない、と思っていました。
最初の頃はたくさんお見舞いも行きましたが、だんだんその回数も減っていきました。
冬のはじめのある日、母から電話がきました。
「ちゃんとおばあちゃんの言うこときいてね。お手伝いもちゃんとしなきゃだめだよ」
すごく疲れた声でした。
(つづく)

9 :癒されたい名無しさん:2008/04/09(水) 05:03:22 ID:EgiCzkky
(つづき)
それから一週間後の早朝に、母は亡くなりました。
母が亡くなる前日の夜、なぜか私はすごく不安になり、しばらく眠れなかったのを
覚えています。
祖母から電話がきて、早く弟と一緒にタクシーで来てといわれ、弟とタクシーで病院へ
向かいました。
そのときは全く実感がわかなく、そして弟を不安にさせちゃいけないと思い、
すごく冷静だったと思います。
母の病室のある階につき、祖母の震えた声で私たちを呼ぶ声が聞こえた瞬間、
糸が切れたように涙がでてきました。
あぁ、本当にお母さんは死んでしまったんだ、と。

亡くなる直前の母は、モルヒネによる副作用で、幻覚がみえたりして
とてもやつれていたそうです。
だから本当はあまり私や弟にお見舞いにきてほしくなかったそうです。
髪の毛がないこともたぶんとても気にしていたと思います。
最期の最期まで、母は私の母らしい人でした。

祖母から聞いた話ですが、母は亡くなる前、
○○(弟の名前)が高校卒業するぐらいまでは生きたいな、と言っていたそうです。
その話を聞いて、また涙がでました。

お母さんに会いたいです。
会ってたくさん話したいです。
学校のこと、部活のこと、音楽のこと、たくさんたくさんきいて欲しいです。
以前より成長した今の私なら、お母さんとたくさん語れる気がするよ。
これからはおばあちゃんの手伝いをしたりして、お母さんに心配かけないようにするね。
今でもたまにお母さんの夢をみて泣いてしまうことはあるけど、私は大丈夫です。
次に会うときは、たくさんわたしの話聞いてね。
おもしろい話たくさん用意しておくね。

長文・乱文すみませんでした。
読んでいただきありがとうございました。

10 :のん:2008/04/09(水) 20:30:41 ID:SkVL7fe2
これは私の実話です。
ママは中国人です。
日本人である父親と結婚するために、
国の家族と離れた日本でがんばッて暮らすことにしたそうでした。
父親は結婚して、ママに日本語を懸命に教えました。
それでママも日本語が上手になッたようでした。
そんな中、うちのお姉ちゃんが日本で生まれました。
そして、中国に帰国した時、私が生まれました。
でもね、うちが物心ついた頃には…
ママは毎日、ことあるごとに父親に殴られるようになってしまってた。
そして、あからさまに、父は不倫を続けてた。
父の暴力はウチ等に向けられることも度々あった。
でも、そのたびにママがかばってくれて、ウチ等の替わりに殴られてた。
ウチ等はいっつも、そんなママの腕の中で、ただただ泣いてることしかできんかった。
お母さんは一回だって、泣いたことがなかった。
いつも笑顔で、「大丈夫」としか言ってくれんかった。
その頃のうちは小学校低学年。
だから、ママがいくら殴られても、お父さんの恐怖は感じれるのに、
笑顔で大丈夫ってゆうお母さんの辛さを、全く気付いてあげれんかった。
本当に辛くないもんだと思ってしまってた。
どんなに辛くてもママが離婚せんかったのは、
多分極度の負けず嫌いだったからだと思う。
絶対大丈夫だって大見得切って、
猛反対された日本人との結婚を成功させて…
それなのに離婚しちゃったら、中国に置いて来た家族に顔向けできないじゃんね?
そんなちょっとしたプライドのために…
あんなに傷付かんでも、良いじゃんね。
うちには絶対真似できん。
お母さんが口うるさく怒るのは、
ウチ等に立派な大人になって欲しいから。
そんなこと、小学校低学年なウチには全く理解できとらんかった。
どんなにママがウチ等を愛してくれとったんか、
全く理解できとらんかった。
じゃけぇ度々、ママなんか大ッ嫌ぃッてゆっとったし、
ママなんか死んじゃえッて、めっちゃ言いまくっとった。


11 :のん:2008/04/09(水) 20:32:28 ID:SkVL7fe2
・続き・
ウチが小学校3年生の頃、
お姉ちゃんは小学校6年生で、受験シーズンだった。
お父さんの暴力をいっぱい見てきたお姉ちゃんは、
暴力の重さが分からんくなっとった。
受験のストレスをめいっぱいウチにブツけてきた。
酷い暴力をいっぱい受けた。
家族で1番小さくて無力なウチは、そのストレスのブツけどころがどこにもなくて…
いっつもママに当たってしまっていた。
自由帳の丸々一ページにでっかく、「ママなんか死んじゃえ」って書いた。
ママの悪口しかかけなかった。理由は簡単。
お姉ちゃんとか父の悪口書いてバレたら、後が怖いから。
でもウチは、ママが世界で一番大好きだった。
お姉ちゃんの受験結果を発表する日がやってきた。
女学院は補欠、安田は合格、といった結果だった。
安田に受かったお祝いに、家族皆でお祝いすることになった。
その日は、ママがウチのコップを落として壊しちゃった。
ウチは泣きながら、「ママなんか大っ嫌い!死んじゃえっ!!」って言った。
ママは「ごめんね」って言って、静かにコップの破片を拾った。
ウチは不機嫌なまま、タクシーに乗ってお姉ちゃんのお祝いをする中華料理店に向かった。
その頃にはもうお母さんは笑顔で、うちも笑顔で、
「かんぱーい」って言って、ビールを飲もうとした。
その時、ママは泡を吹いて、唸りながら自分の顔を机の上に押し付けた。
ウチとお姉ちゃん、おばあちゃんは大パニックで救急車を呼んだ。
ママは病院に運ばれた。
意識不明で、重体。
ママは病気だった。
病名は、脳梗塞。
ウチはママに死ねって言ったことを、酷く後悔した。
ママが看護婦の人にオムツを替えてもらってた。
オムツには排泄物がついてた。
うちはそれを「汚い」って思ってしまった。
ママに家族全員で手紙を書いた。
父はママが倒れたことで、本当に反省して、手紙を書いてた。
ウチ等は家族全員で書いた手紙を泣きながら読み上げた。
お母さんの心電図が、父の手紙を読んだ時、大きく動いた。
・続く・


12 :のん:2008/04/09(水) 20:33:21 ID:SkVL7fe2
・続き・
もしかして、父の手紙に反応してる!?
ウチは悔しかった。
家族で一番ママを好きな自信があった。
父よりママを大切にしてる自信があった。
でも、これを読み続けたらもしかしたら…
ママが目を覚ましてくれるんじゃないかな?
そんな淡い期待を抱いて、何回も父の手紙を声に出し読み返した。
でも、ママの心電図は元に戻っちゃって…
それ以降動くことはなかった。
ママが意識不明の重体で、病院で寝込んでる。
なのにウチは、小学校に行かされた。
2日後、ウチが小学校に行ってるうちに、ママが死んじゃった。
病院にお見舞いに行く度にウチは涙を流してた。
なのに、ウチは泣けなかった。
皆泣いてた。父も泣いてた。
なのに、ウチだけ、泣けなかった。
ママが死んだことを、自分は悲しんでないのかな?
そんなことを考えちゃって、悲しくなった。
でも絶対に、涙は流れなかった。
骨を拾った。
ママの頭蓋骨の一部が、赤く染まってた。
これはママの血?ってきいたら、そうではないらしかった。
喉仏の紹介とかされた。
別にどーでも良かった。実感なんて、沸かなかった。
それが人の骨である、ということさえ、忘れていたかんじ。
通夜が終わって家に帰って自由帳を取り出した。
「ママなんか死んじゃえ」って言う文字を
「ママ、がんばって、生きぬいて」に変えてた。
もうママは死んじゃってるのに。
今更書き換えたって、ママが帰ってくるわけじゃないのにね。
無意識にした行動だった。
・続く・

13 :のん:2008/04/09(水) 20:33:56 ID:SkVL7fe2
・続き・
ママが居ないことが悔しくて、両親が離婚してる男友達を馬鹿にした。
そしたら、「お前の母ちゃんなんて死んでるくせに」って言われた。
なのにウチは、笑ってた。
「お前バカだろ」って言ってた。
これも無意識だった。
今、うちは中学2年生。
絶対に「死ね」と「殺す」は言えんくなった。
絶対に、暴力だけはふるえんくなった。
今でもドアのノックが聞えると、
ふと「お母さん?」って思ってしまう。
解約したママの携帯番号に、電話をかける。
まだ繋がってる気がするから。
「ママ、死んじゃった」
簡単に言えるのに。
まだママが帰ってくるって、心のどこかで信じてる自分が居る。
きっとウチはまだ、
ママが死んだことを
認めきれずにいるんだと、思う…。
認めなきゃ、いけないね。
頭は分かってるんだけど
もしかしてって…
心がついていけないの。
もっと、大事にしてればよかった。
死ねなんて言わなければ良かった。
ママの笑顔、大好きです。
ママの笑顔、忘れられません。
のんは、ママが、世界で一番大好きです。
長文な上、乱文で、お目汚し失礼いたしました。
読んでくれて、ありがとうございました。
がんばって、認めたいと思います。
これに書いたことで、お母さんの死を、認められた気がします。
本当に、ありがとうございました。
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まあお前みたいな寂しがりやは

2012/12/04 15:35
昨日、恋人が死んじゃったんです。病気で。
そしたらなんか通夜が終わって病院に置いて来た荷物とか改めて取りに行ったら
その荷物の中に俺宛に手紙が入ってたんです。
で、よく見たらなんか「わたしの人生は普通の人よりも短かった、だけど〇〇君と一緒に
過ごせたことで普通の人よりもずっと幸せな日々を送れた」、とか書いてあるんです。 もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前な、そんなこといまさら言ってんじゃねーよ、ボケが。死んだ後だよ、もうお前いねぇんだよ。
なんか最後の方はろくに起き上がれもしなかったくせに。弱々しい字で必死で書いてたのか。おめでてーな。
よーし〇〇君のことずっと見守ってるぞー、とか書いてるの。もう見てらんない。
お前な、俺だってまだ言いたいこと沢山あったんだから生き返ってこいと。
愛の言葉ってのはな、もっと生きてるうちに伝えるべきなんだよ。
初めて出会った頃みたいにドギマギして恥ずかしさの余りいつ心臓が破裂してもおかしくない、
言おうか言わざるべきか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。今になってこんな事言い出すやつは、すっこんでろ。
で、やっと涙堪えながら読み終わったと思ったら、最後の方に、「わたしの事は忘れて他の人と幸せになって欲しい」、
とか書いてあるんです。 そこでまたぶち切れですよ。
あのな、俺はお前がホントに死んだなんて信じらんねーんだよ。ボケが。 得意げな顔して何が、見守ってる、だ。
お前は本当にこの世にいないのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、これは全部タチの悪い夢でホントはどっかで生きてるんちゃうんかと。
独り残された俺から言わせてもらえば今、お前に対してできる供養はやっぱり、 お前の事を忘れないこと、これだね。
たとえジジイになってボケたとしても。これが俺の生き方。
お前との思い出ってのは俺には辛すぎる。そん代わり忘れない。これ。 で、それにお前の事をずっと想い続ける。これ最強。
しかしこれを貫くと次から恋人が2度と出来ないかもしれないという危険も伴う、諸刃の剣。 軟弱者にはお薦め出来ない。
まあお前みたいな寂しがりやは、俺がいつかそっちに行くまで待ってなさいってこった。
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ファミコンのかわりに

2012/11/30 15:57
29 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/01/30(水) 22:29:41.48 ID:zEqgzceA0
俺んち母子家庭で貧乏だったから、ファミコン買えなかったよ。。。
すっげーうらやましかったな、持ってる奴が。

俺が小6のときにクラスの給食費が無くなった時なんて、
「ファミコン持ってない奴が怪しい」なんて、真っ先に疑われたっけ。
貧乏の家になんか生まれてこなきゃよかった!って悪態ついたときの
母の悲しそうな目、今でも忘れないなぁ、、。

どーしても欲しくって、中学の時に新聞配達して金貯めた。
これでようやく遊べると思ったんだけど、ニチイのゲーム売り場の前まで来て買うのやめた。
そのかわりに小3の妹にアシックスのジャージを買ってやった。
いままで俺のお下がりを折って着ていたから。

母にはハンドクリーム買ってやった。
いっつも手が荒れてたから。

去年俺は結婚したんだけど、
結婚式前日に母に大事そうに錆びた ハンドクリームの缶を見せられた。

泣いたね、、。
初めて言ったよ「生んでくれてありがとう」って。
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未来から戻ってきた

2012/06/11 16:46

15 :大人の名無しさん :04/06/08 23:46 ID:c4neMqf4
こんなのどうでしょう?
結構気に入っているAAなんですが・・・・・


/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| はあ…俺今まで何やってたんだろうな…。
| 何にもやってこなかったような気がする…。
| 俺の馬鹿!俺の馬鹿!今まで何やってたんだよ…。

   ̄ ̄|  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
      |/   ∧_∧
  ∧ ∧    (・∀・ )
  (; ゚Д゚).__( ⊂  )
  (つ_つ__ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄\| VAIO |  ̄∇日 ̄ ̄\
   =======    ̄      \

16 :大人の名無しさん :04/06/08 23:47 ID:c4neMqf4

/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| はああ…俺は何て無駄な人生を送ってきたんだろう…。
| もっと早くに気付いていれば…。
| せめて20年前、いや10年前に戻りたい…。
| 神童と呼ばれた頃に戻って何もかもやり直したいよ…。
| はあ…。
| 俺って駄目な奴だよなぁ…。

   ̄ ̄|  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
      |/   ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ∧ ∧    (・∀・ ;) < ……………………………。
  (; ゚Д゚).__( ⊂  )  \____________
  (つ_つ__ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄\| VAIO |  ̄∇日 ̄ ̄\
   =======    ̄    


17 :大人の名無しさん :04/06/08 23:48 ID:c4neMqf4

    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    | 先輩は十年後にもきっと、せめて十年でいいから戻って
    | やり直したいと思っていますよ。
    | 今やり直してください。 未来を。
    | 十年後か、二十年後か、五十年後から戻ってきたんですよ、今。
    \
       ̄ ̄ ̄ ̄|  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           .|/
         .∧_∧
  ∧ ∧    (・∀・ )
Σ(; ゚Д゚).__( ⊂  )
  (つ_つ__ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄\| VAIO |  ̄∇日 ̄ ̄\
   =======    ̄      \


18 :大人の名無しさん :04/06/08 23:49 ID:c4neMqf4
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ……………………。
| …そうか…そうだよな…おめーの言うとおりだ…。
| 俺はきっと何十年後かの未来から戻ってきたんだよ…!
| よし!
| 俺は今から俺の人生をやり直す!
| きっときっとやり直してみせる!

   ̄ ̄|  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
      |/   ∧_∧
  ∧ ∧    (・∀・ )
  ( ´∀`) __( ⊂  )
  (つ_つ__ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄\| VAIO |  ̄∇日 ̄ ̄\
   =======    ̄      \



19 :大人の名無しさん :04/06/09 00:21 ID:hKz5iQoO
そうだね。今から始めるのも、悪くないかもしれない。
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俺、明日もがんばれるわ。

2012/05/15 11:49
512 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/09/24(水) 01:41:47
嫁は妊娠中。もうすぐ八か月。
西日の部屋で、ソファに座ってお腹を撫でてる嫁を見てたら、なんとなく言いたくなって
後ろから抱き締めて「愛してる」って言った。

ただ、俺の嫁、ろう者なのね。なんも聞こえないの。わかんないの。

わかんないはずなの。
でも、嫁、振り返って

手話で
《わたしも》
って言ってくれた。

俺、明日もがんばれるわ。
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オヤジの顔

2012/05/15 11:41
93 大人になった名無しさん 2006/11/10(金) 00:22:56
死んだ親父はよく食いに連れてってくれたな
うまいんだけど、親父は食うのが早くて、
食い終わるとじっと怒ったよな顔でオレが食べるのを見てた。
「早く食え」って言ってるみたいでちょっとヤだった。

こないだ初めて子供とラーメン屋に言ったら、やけにおいしかったらしく
ガツガツ食うわ、あせって水飲むし、ちっこい手で丼つかんでスープ飲んでハァハァいってる
可愛かった

そしたら「ねぇなんでじっと見てるん?怒ってる?」

オヤジ・・・
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